皆さんは、日本に生まれ育っているので「火葬」はごく自然な形で受けいれているのではないかと思います。
どんなお葬式であっても、たとえそのスタイルが、仏式や神式やキリスト教式であったとしても、もちろん無宗教でも、必ず「火葬」は行われます。
「火葬」は葬儀の一環でもあり、それ自体で葬儀でもあるのです。
もともと、仏教で尊ばれてきた「火葬」ですが、仏教国であったということもありますが、
日本では衛生面などからも現在は、一部の離島などを除いて原則的に「火葬」が義務付けられています。
そして、私たちも当然の事として受け入れています。
そんな私たち日本人感覚からすると、ちょっと意外なのですが、先進国などでは火葬にする国は多くを占めるわけではありません。
キリスト教では、復活の教義などから土葬にする事が多いようです。
もちろん宗教的背景が大きいと思いますが、土地の問題もあったのでしょう。
日本のように土地が狭い国では土葬しているわけには行かないという事情もあったと思います。
私個人としては、土葬なんてちょっとありえない事のような認識ではありますが、
アメリカのテレビドラマや映画などでのお葬式ではよく土葬にしているシーンなどを見ていたのを思い出します。
でも、何となくドラマという感覚で現実的には受け止めていなかったのかもしれません。
良く考えると不思議な光景に思えるのは、やはり「火葬」の国に育ったからなのでしょうね。
そんな事から「火葬」には独特な重みを感じます。「火葬」され、
最後には「骨」となってしまうのは、なんだか言い表せない感情がある事は確かです。
人間のあっけなさ、儚さを感じる人もいるかもしれません。
でも、そのことで、けじめをつけられるということも確かだと思います。
それは、「火葬」という葬儀スタイルで育ってきた日本人として培われてきたものなのかもしれません。
そんな風に考えると、お葬式でのお通夜や葬儀・告別式などの古くからの儀式は、
日本人として遺伝子的に組み込まれているものなのかと感じたりもします。
だからなのでしょうか、どんなスタイルのお葬式であろうと、その故人を送るこころは変わらないものと思っています。
そして、そのお手伝いを出来る限りやって行きたいと思っています。









